「君のお父さんは野良猫みたいだね」
私はロケットに向かって呟いた。金のロケットのなかにはみぬきの写真が入っている。私は金色の蓋に小さくキスを落として、溜息をついた。ああ、ああなんて馬鹿らしい。
私は大層な変わり者で、何故だかあのニット帽を被ったヒゲの、弁護士バッジを失ったピアノの弾けないピアニストが好きなのである。ああ、馬鹿にもほどがある。真っ赤でヒラヒラのほうを好きになっていれば良かったものを、一体何がどうなって一昔前に恐怖の突っ込み男と言われた人間を好きになったのだ。
「その上大きな可愛い子供が居るのにね」
私はその男の忘れ物をテーブルに置いて眺め、再び溜息をついた。ザックの忘れ形見を子に持つとはまたやってくれる。ザックの娘という事実が世間に発覚すればみぬきは大売れで生活も良くなるだろうが、あの親子に限ってそれはないだろう。
何くだらないことを考えているんだか、と思いながら欠伸をし、ソファの上に四肢を投げ出して寝転がる。その時だった。
「なーにやってんの?」
視界に青いニット帽の男が入ったのは。
「別に」
「答えになってないなあ」
むすっとして答えた私を見て成歩堂龍一は笑った。ああ、何なのだ。どうしてそんな風に笑うのだ。変わり者にもほどがある私はお前なんかにときめく異様な心を手に入れてしまった。
彼は私を見下ろして、優しい顔をしている。ああ、何をやってるんだ。どこからどうみても良いお父さんじゃないか。もし彼が私の父親であったとしても、私は彼に恋をしたのだろうか。
「そんなところで寝てたら襲うよ」
彼が頭上で、ソファに肘をつきながら言った。前言撤回だ、こんなお父さんは居ない。
「襲えないくせに」
私は可愛げなく悪態をついて、右腕で両目を覆った。こんな難易度の高い男を攻略するのは私には不可能だ。それにみぬきのパパなのだ。その間に私が入ることは永遠にないのだ。
「……そうだね、僕は襲えない。一応法律齧ってるしね。相手の意思がなきゃ」
彼は苦笑して言う。六法しかまともに勉強してないくせに、齧っていると言われても納得出来ない。大体なんだ、相手の意思って。
「じゃあ望んだら襲ってくれるの?」
ぽつりと呟く。ああ、私なんかどうせ眼中にもないのだろう。だからフリルタイの方が良かったんだって何度も何度も自分に言ってやってるのに、ああ、なんで。寂しい空しい悲しい悔しい、愛しい。
彼は面食らって一瞬黙ったが、いつもみたいに笑った。
「望んだら、ね。叶えてあげるよ」
なんだ、それ。私が望んだら叶えてくれる、なんて。だったらもうとっくに叶っているのに。私が好きになってくれと頼んだらお前はそうなってくれるのか?有り得ない、有り得ないそんなの。
「嘘ばっかり」
どうしてくだらないことを。
「嘘じゃない。あと揃えなきゃならないのは、君の意思だけなんだ」
それってつまりどういうことなのか。彼はどうしてこんなに優しい顔をする。
彼はソファの背から私の方へと回り、寝転がる私の前にしゃがみこむ。私の髪を撫でて、その手は頬へと滑る。温かく大きな手のひらが。
「愛してるよ。もうずっと前から」
嘘だよ、それ。
彼は懐かしそうな顔をして、優しい顔で私に言った。それから彼は私にキスをした。深く、深く、深く。ねえ、嘘でしょう、どうして。いつから。
「隣の席だったね」
小学校の4年生の時。
「僕達はもう大人になった。僕は君が好きだった。歳も、僕の気持ちも揃ってる」
だからあとは君の気持ちだけだ。彼は私の耳元でそう告げると、今度は一瞬だけのキスを額に落とした。ああ、なんてやさしい。
「私は、」
涙が零れた。言ったらいけないような気がする。私は親子の邪魔をしたかったわけじゃなくて、ただ。ただずっとむかしから好きだっただけで。でも今じゃきっと遅すぎたんだ。もっと、もっと前から望んでいれば良かったの?そうしたら貴方は叶えてくれた?
「私は、」
「大丈夫だから。……もう我慢しないで」
なんだそれ。まるっきりナルシスト。自分が私に愛されていると思ってるの?私はおかしくてそれを笑い飛ばして、涙を拭いた。
「私は弁護士バッジを剥奪されたピアノの弾けないピアニストを愛しています。だから、」
その先を口にしないで
20070602 ( Do not say it. )