結婚とは何か。
　幸せだ。
　幸せが詰まりに詰まった人生の宝箱だ。人間ある程度生きていると、その宝箱を開ける鍵を手に入れることが出来て、最後のパーツに相手が一言了承の意を表せば、それでその宝箱は満を持して開けられるわけである。
　結婚とは、幸せだ。
　テレビ画面が芸能人を映し、ピンクの文字で、特集の題材となっている結婚の二文字を躍らせているとき、そう結論付けた私は、
　「結婚しよう」
　と言った。言ったら、テーブルの向かいに座る成歩堂龍一は、口に入れたばかりの飯を、驚いた顔をするよりなにより先に、吹いた。
　「な、な、何言って、」
　盛大に咽る合間にそう声にして、結局咽る方に専念するほかなくなった成歩堂は、顔を真っ赤にしていたが、半分は気管に進入しかけた米粒の所為であった。
　私はテレビ画面を見つめて、ふと考えた。こうして出演する芸能人は、華やかに式を挙げ、幸せの言葉を口にするが、あっという間に電撃離婚をし、結婚し、離婚し、という魔のサイクルを繰り返している。
　はて、それでは結婚とイコールで幸せは結びつかないのではないか？
　「どうしたんだよ、いきなり」
　漸く咽終わった成歩堂は、無事気管から米粒を追い出したことによる安堵の溜息混じりにそう言った。
　「どうしたもこうしたも、結婚したら、幸せになれるかなって」
　口にすれば、随分と短絡した考えだと自分で思えた。無論、成歩堂もそういう顔をしていた。思ってもするなよ。
　「でもこの人たちってすぐ離婚するよね。結婚ってそうでもないのか」
　「君はころころ考えが変わるな。よく考えてから喋ってくれない？」
　それが出来てたら今頃、それでも付き合ってくれる成歩堂ではなく、立派な高学歴と一緒に時間を過ごしているだろうよ。変わり者としてどんどんあぶれていく余りものの私を拾ってくれる者は、もはやそう居まい。成歩堂は、好き好んで、この変わり者を選んだようだが。
　「龍一はどう思う？」
　「僕？うーん……一般的に、幸せなんじゃないかな」
　一般論かよ。思うと同時に、それが顔にも出ていたようで、成歩堂は、
　「幸せだと思うよ」
　と言い換えた。そうか、やはり幸せか。半ば無理矢理出させた答えのような感じは否めないが、
　「じゃあやっぱり結婚しよう」
　私は冒頭の台詞を再度繰り返した。今度は成歩堂も米粒を吹かなかった。吹かなかったし、気管にも入れなかった。その代わり、深く溜息をついた。
　「……プロポーズは男からするものだろ」
　彼は脱力していた。がっくりした肩の落としように、それは男女を分ける古い考え方だ龍一、とは、私とて流石に言わなかった。というよりは、言えなかった。実際私のプロポーズには、一貫した筋が見当たらないわけで、自信満々に反駁するには少々至らないところがあるのであった。
　「一応僕にも、理想ってものがあったんだけど」
　「……返す言葉も御座いません」
　力の抜け切った成歩堂に、ああやっちまったと頭を下げる私は、果たして気が合っているのだろうか？私が一方的に振り回しているだけで、ここまでくると、私が一方的に好意を持っているだけな気がしてくる。結婚するに相応しくないと彼は思っているのでは。
　「いいよ、もう。君がそう言うなら、結婚しよう」
　……というのは、大きな見当違いであったらしい。珍しく反省していると、成歩堂は、自棄になったようにそう言った。今度は私が味噌汁を盛大に吹いた。
　「な、な、何だって、」
　咽返るのの合間にそう言って、結局咽るしかなくなった私を、彼は片肘ついて見ていた。今度は自棄ではなく、優しい顔で、だ。微笑ましく人が咽るのを見守るな！
　「幸せを約束してくれるなら、結婚しよう」
　成歩堂は、小賢しいことに、あとから条件を追加した。気管から味噌汁を追い出すことに必死になっている私と比べ、いつのまにか優位に立っていることは見て取れた。負けん気の強い私は、信じるかそんなこと！と内心で叫びつつ、否定しようとしつつ、それなのに私は、
　「……約束する」
　と言った。聞いた成歩堂が、にやりともにっこりともつかぬ顔で笑った。上手に回られたことに憤りつつも、それでも結局私はそう口にしていたのは、どうしても、あぶれ者の私は、高学歴なんかより、このちょっと情けない弁護士が好きで、好きでしょうがなくて、幸せになりたいということより、一緒に居たいというそれだけが願望であったから。
　にやりともにっこりともつかぬ顔というのは、見ていて自然心が鳴った。彼はつまり、はにかんだのであった。
　「約束、する」
　確かめるように、もう一度口にしたら、幸せそうに彼は笑った。



幸せとは案外、

簡単なものである


2008/12/28( 共に )