「おい何処だチーグルの野郎!」
 「五月蝿い、静かにしなさい、逃げられるでしょ」
 「とても賑やかですね」
 「…………はあ」

 昨日の食料窃盗容疑で面倒な目にあい、今日はルークが私とティアまで引き連れ、無理矢理「チーグルの森」までやってきたのだが、さて、一人メンバーが増えているのにお気づきだろうか。
 何者が付いてきているかというと、あろうことか導師イオンである。イオンは何を考えたか、「調べたいこと」があると言って、ここまで一人で来たらしい。そこへたまたま通りかかった私たちが、イオンの身を守るために一緒に行動することにしたのだが、はて、どうしてこんなことになってしまったのだろうね。
 それにしても、窃盗をした魔物とまみえたところで、ルークはどうするつもりなのだろうか。相手は魔物と言っても、あの聖獣チーグルだ。そこらのモンスターと違って、大きな声をあげたら近寄ってくるどころか逃げてしまうだろう。

 「探すって言ったって……どうするの?」
 「チーグルは大きな木に巣を作るというから、そこを目標に探せば大丈夫なんじゃない?」

 ティアが疑問を投げかけるのに対して私が答える。私の持っている知識では、確かそんなようなところに生息しているようだった。そのうえ木の実などを食べて生きているのだから、人里にやってきて食糧を盗って行くなんてどうしてなのだろうか?考える割に面倒なのでこうして動くのは遠慮しておきたいのだが、うちの我侭要因がそんなことを許すはずもないので溜息ものである。

 「そうですね。まずはその木を探せば問題ないと思います」

 私が欠伸を堪えている間に、イオンの微笑みと回答で、行動指針が決定した。







 「……此処が住み処か?」

 ルークがぽつりと言う。私たちの目の前には大きな、というよりも巨大な、と言った方が合っているように思える程大きな木が聳え立っている。ルークじゃないが、こんな大きな木は見たことがないのでちょっとばかり驚いている。
 この巨木の根元にはエンゲーブの焼印が入った林檎が落ちていたのだが、これは確実にチーグルの犯行を裏付けるものだろうな。まあ、だからどうしてやろうとも私は考えないがね。面倒くさいし。

 「どうやらそのようですね。入ってみましょう」
 「あ、ちょっと、イオン様!そんな、危ないですよ!」

 イオンは林檎を確認すると、真っ先に樹の中へ入ろうとする。中は空洞になっているようだ。ティアはイオンを止めようと声を掛けるが、その制止も無駄に終わり、ルークとイオンはさっさと奥へ入ってゆく。ちょっとは用心したらどうなんだ?溜息をついてもいいだろうか?
 何があるのかもわからないのに、と思っているであろうティアは、私の方を見て私より先に溜息をついた。君の苦労はよく解った。だけど入らないわけにもいかないのである。ティアの肩を叩いて私たちも中に入ろうと促すと、渋々ながら彼女も頷いた。なにせ、何があるかわからないからこそ行くというのももっともな話なのだ。







 巨木の中へ入ると、内部は見事な空洞になっていた。涼しくて快適である。して、私たちの侵入によってざわざわと小さな生き物が沢山入り口に寄って、こちらを見ているのだが、蹴散らしてもいいだろうか?
 今目の前で小さく揺れているこれが多分、チーグルという魔物なのだろう。わらわらと寄ってきて何か訴えようとしている。文献で読んだりした知識しかないので、姿は見たことがなかったのだが、これは魔物なんだろうか。聖獣と言うくらいだから、もう少しすっとしたラインを予想していたのだが、随分愛くるしい―――人によってはかなり苛立つ外見をしている。ちなみに私は若干後者寄りである。

 「なんだなんだ?」
 「言葉が通じないんだから知るわけないでしょ。……あれが一番偉そうじゃない?」

 ルークが小動物たちの訴えんとすることを私に問うので、紫色をした、他と比べて年をとっている風に見えるチーグルを指差して私が言う。何となく、何かの長はどんな生き物であれわかるような気がするな。この場合は可愛らしい姿形で風格も何もあったもんじゃないのだが。

 「兎に角、話を聞いてみましょう」

 イオンが真剣な面持ちで言う。彼がそうなるほどなのだから、相当重要な事なのだろうが、私としては「ただの食料泥棒」にしか考えられず、全くそれが感じられなかったわけだが、それは当事者として如何なものだろうね。
 彼らがこんなことをする原因として頭に浮かんでくるのはただ、人間の食べ物に手を出してみたかったとか、人間に悪さをしてやろうとか、……チーグルが悪の感情に浸っているというしょうも無いことしかなかったのだが、そんなことは誰にも言えまい。







 イオン達がチーグルの族長から話を聞いている間、面倒は嫌だ、ということで私は外に出てそこらの様子を見ることにした。絶対的に物語の主人公格にはなれない人間性だな。自分で自分が悲しいよ。
 一応導師が調査していることなので、見物がてら辺りを見回すと、自然が尽きない、と言うほど沢山の木々に囲まれていて、確かに草食のチーグルには人間の食べ物は必要ないのだろうし、やはり何かしら理由があるのだと解る。
 それが「悪に染まった」という事ではなければ良いのだが。いやいや、私はそろそろこの考えから離れるべきだろうな。導師に全力で謝りたい。

 「

 馬鹿げたことを考えていると、イオン等は話を終えたようで、木の住み処から出てきたところだった。我らが導師は神妙な顔をしているのだが、チーグルの悪行の原因はどうだったのだろうか。自ら話を聞かず、そんなことを言っている時点で、物語から除外されているような気がするが、そこを気にしていたら先に進めないのでそれに関しては割愛しよう。
 話を聞くと、なにやらチーグルの子供が放火事件を起こしたとかで、放火された辺りに住んでいたライガと呼ばれる魔物に関係があるらしい。放火事件以来、ライガがチーグルを餌にするために度々此処へ来るのだそうだが、仲間を食わせるわけにはいかないと言うことで人間の食べ物を置いて難を逃れているのだという。なんだ、私のは本当にただの妄言だな。言わなくてよかったよ。

 「それで?この後どうするの」
 「この森の奥にいるライガ・クィーンと話をつける」

 まったく本件に介入していない私が誰にともなく問うと、ルークが言った。ルークは容疑をかけられたことに関してはまだ良く思ってないようだが、面倒そうにもちゃんとやる気を見せているようだ。根が優しいせいだろうか。待てよ、私は根が優しくないとでも?

 「それじゃあ、行きましょうか」

 新たにミュウというチーグルを連れ、森の奥へと進む中、私は悶々と考える羽目になったのだが、誰も知る由もなかった。







 「くっそぉッ!!」
 「攻撃が効かないわ……!」

 この展開は一体なんなんだろうね。
 そんなことを問い掛けても誰も返事をしてくれないであろうことは、今この現場に居る私が一番よく解っているが、思わずには居られなかったよ。
 さて、ここまでの流れを説明しよう。私たちは、チーグルが盗みを働かなくてよくなるように、ライガの親玉と話をつけに来たのだが、話し合いで解決しようと言っていたにも関わらず、只今ライガ・クィーンはお子さんがいらっしゃるようで気が立っているらしく、話を聞いてもらえる状態ではなかったがために、早速望まぬ戦闘開始となったわけだ。本当に、来なければ、よかった!(とは心の声である。)
 ライガの巣の奥に卵が見える事から、彼らは卵生なのだと解る。だからなんだって?現実逃避だよ。

 「……ハートレスサークル!」

 そんな私とは対照的に、皆戦いに精を出していることを忘れてはならない。ティアがすぐに回復の術をかけてはいるものの、前衛のルークがまだ未熟なため、すぐに同じだけの怪我に戻ってしまう。ティアも援護をしているが、やはり前が一人というのが辛いのか。
 私といえば何も戦っていないわけではなく、一応ルークの援護をしているのだ。回復は基本ティアに任せているが、ルークの能力を上げる術を度々かけている。余裕が出来れば前へ出て剣で斬りかかっているのだが、なかなかダメージが溜まらない。

 「あと一人増えてくれるだけでも違うんだけどな……」

 ぶつぶつと愚痴を言いながら術をかける譜術士を私は自分以外に見たことがないね。自慢にもなんにもならないから困りものだがな。譜術が使えればこんなに梃子摺ることもなく勝てるだろうとは思うのだが、何しろルーク一人が防いで攻撃をして、を繰り返しているのだ。援護をしていないとどうなるかわからない。
 そう考えているところに、

 「おや、こんな所に居ましたか」

 タイミングよく現れる奴がいるのだから驚かざるを得ないね。こいつは何なんだ?どうしてこう上手いところで登場してこられるんだ?ぜひともそのヒーロー性の秘密を私に説いて頂きたいね。きっと私の方がまともなヒーローになれると思うよ。

 「ジェイド!遅いよ!」

 聞こえてきた声は紛れもなく、ある人曰くの「ロン毛陰湿眼鏡」のものであった。上手いこと現れたジェイドに文句を言ってやると、ジェイドは人の悪い笑みを浮かべて「ベストタイミングじゃないですか」と言ってのけた。畜生、いかにも余裕綽々ですみたいな顔しやがって。こんな時でもふらっと現れていつもの笑みを浮かべているとは、死霊使いもいよいよもって人間離れしたものである。
 彼は私に腹の立つことを言ってのけたあと、さっと手を構えた。同時に光とともに槍がどこからともなく現れる。コンタミネーション現象なんて便利なものを使いやがって!常人では成し得ないようなことをやってのけるジェイドが私はとても憎いね。

 「全く、見ていられませんねえ。加勢させて頂きますよ!」

 言うと同時に槍をライガ・クィーンに向かって投げ、敵が怯んだ隙にすかさず詠唱を始める。お前、頭も切れていてそんな芸当が出来るんだったらもっと早く登場することだって出来たんじゃないか?
 疑問と不満を感じながらも、ジェイドが戦闘人員に増えるなんて願っても無い吉報である。これならばすぐに倒すことが出来る筈だ。

 「エナジー・ブラスト!」

 ジェイドの詠唱が終わり、譜術が放たれる。目の前の魔物はその攻撃に軽く吹っ飛び、呻いて再びこちらへ襲い掛かる。やっぱり音素の力は偉大である。敵はダメージを負っているようだから、効果が現れていることは間違いない。
 しかしまあ、彼はまたなんでそんな下級譜術を使うのかね。そいつは新手の嫌がらせか?前線で戦っているルークへの挑戦か?

 「双牙斬!」

 ジェイドが譜術を繰り出して、敵に怯みが出た隙に、ルークが止めを刺すと、ライガ・クィーンは悲鳴を上げ、その地に伏した。終わった終わったとばかりに刀身の魔物の体液を払うと、全員が漸く安堵の溜息をついた。
 これでやっと戦闘が終了したわけではあるが、ライガ・クィーンを倒すと同時に子供の卵まで割れてしまっていた。これは寧ろこっちが悪役なのでは、と疑ってしまうのだが、ライガの子は人間を好むという。そのため、ティアは割ってしまったほうが良いと言うが、命を簡単に潰してしまうのはどう考えたって良いことじゃない。胸が悪いなあ。

 「これで、一件落着ね」
 「あ、ああ、……そうだな」

 ティアが言うと、ルークも戦闘が終わったことを認識したようで落ち着いたように返した。まともな戦闘はこれが初めてだったのだから、彼はよく頑張っていたと思う。ライガ・クィーンには悪いかもしれないが。私といえば、あれだけ面倒くさいと言っていたのに、いざ戦闘をして敵を倒し、挙句卵を割ってしまったら、なんだか気落ちしてしまった。

 「さて、こんな所にいつまでもいる必要はありませんし、さっさと行きましょう」
 「そうですね。チーグルの族長老に報告に行きましょう」

 ジェイドの面倒くさそうな言葉にイオンが賛同した。再びチーグル達の住処へ行く事となったわけだ。ぞろぞろとライガの巣をあとにする皆の最後尾につく。最後に一度だけその巣を振り返る。割れた卵、横たわる母体。

 「魔物にまで憐れみをかけていては、命を落としますよ」

 立ち止まった私に気付いたジェイドが、こちらへ声を掛ける。私は彼らを憐れんでいるのか?いや、そうではない。戦っている時はそれで手一杯で、何も考えてはいないから、それは少し違った。私が戦闘で何かを感じるのは、対峙しているときではない、終わったときだ。私は相手の命を吸い取ったあとに、相手の全部を奪ったことに気付くのだ。終わらないと、気付かないのだ。―――それはもしかして、とても怖いことなんじゃないか?常に感じていないとならないことなんじゃないか?
 何の躊躇いもなしに、敵だと決まれば剣を向けていた。それが当然だった。ただの殺し屋だった?身を守るために剣を持つことを、襲われたから斬るということを、いけないことだと思っていなかったんじゃないか?危なくなったら斬ればいいなんて、それはただの。
 ―――もしかしたら、こうして考える時間がなかったら、私はずっと平気で生き物を殺していたのかもしれない。

 「私は簡単に、命を奪っていたんだね」

 ジェイドの赤い目が微かに細められた。それを当然として奪うものは、奪われるものの事を考えない。気にしないし、気付かない。命のやり取りの前では、そこにどんな痛みが、悲しみが、怒りがあったかなんて、不可視なのだ。考えなくてはならないことなのに、気付けないのだ。

 「気付くことが出来たのなら、今はもう行きましょう。これ以上ここに居ても、彼らは帰ってこない」

 ―――解っている。帰ってこないから、私は自分のしたことを怖いと思ったんだ。奪い取った命の前で、立ち止まってしまったんだ。
 縫い付けられたように立ち尽くす私を、ジェイドの視線が柔らかに刺す。踏み出せない。歩き出すにはどうしたらいい?戸惑うと、見かねたジェイドが私の背を押した。惰性のように足は動く。歩き出すことに躊躇ってはいけないのだ。殺してしまった彼らは、もう私のように歩むことが出来ないのだから。
 背中に感じる温かい手のひらが、今私が足を動かす唯一の原動力だった。どこか愕然としている自分に苦笑する余裕もなければ、涙も出なかった。私はただ、もう動かない母親と、生まれてこない子供たちに対して湧き上がる悲しみを、純粋に悲しんだ。きっとそれしか、出来ることはなかった。







 「……なるほど。よくやってくれた、感謝する」

 チーグルの族長老は、イオンがライガ・クィーンとの出来事を一通り話し終えると、私たちに礼を述べた。……このチーグル達にとっては、感謝される道理なのだ。
 族長老は言ったあと、翻訳機能を果たしていたソーサラーリングをミュウに渡した。さて、これまで微塵も述べてこなかったが、ミュウとはチーグルの子供のことであり、今回の事件を引き起こした原因である。ちなみに可愛いか可愛くないかの論争は控えておく。
 ともあれ、これからの旅に、ミュウがついてくるらしい。

 「よろしくですの、ご主人様!」

 ミュウとやらは、ソーサラーリングを族長老から受け取ると、ルークに向かってそう言った。本件でルークに助けられたために、その恩を返すべく、彼について行くというのだ。元気の良い小動物相手に、ルークはあからさまに顔を歪め、嫌そうな表情になったが、対する小動物は気にする様子もなかった。ルークといえば出会った時からミュウを嫌っていたというのに、ついてくる、しかもご主人様となると流石に嫌になっても仕方がない気がするし、多分私でも飼いたいと思わないだろう。なんでかって?でかいもののほうが好きだからさ。

 「さ、話も終わったことですし、森を抜けましょうか」
 「そうですね。行きましょう」

 ミュウという新たな仲間を迎えてしまったところで、ジェイドが言うことにイオンが賛同する。なんかさっきも同じパターンで進行していた気がするんだが、はて、いつからこのメンバーのリーダーがジェイドになったんだ?
 森を抜ける最中にそうこう考えながら歩いていると、木の根っこに蹴躓いて全員に笑われたことを、私は一生忘れないだろうよ。









物凄い勢いでストーリー追ってるだけだったので戦闘についてちょっと追加。

(051225)脱稿
(080909)加筆・修正