真っ白い世界があたしを待ち受けていた。父も母も存在しない、機械の部品は光を受けて輝いた、そしてあたしは生まれてしまった。父、その存在を仮につくるとすればそれはジェイド・カーティス、―――ジェイド・バルフォア博士。あたしは、フォミクリーによって生み出された出来損ないのレプリカだ。完成度は一番と言っていいほど、高かったけれど、それでもレプリカだ。そして、あたしはあたしと同じ父を持つ焔を見つけた。

何も見えないから、だからあたしは真っ暗な穴を覗き込んだ。

そして僕らは星になる

目を開けば一面の黒に星が絶え間なく、数え切れないほど輝いている。背が草から蒸発しようとしている水分でじめじめした。ひんやりとした空気が心地よいが、それだけだった。

もうすぐルークは、レムの塔で死ぬ。一万の第七音素譜術士と、世界を引き換えに障気を中和する。ルークはローレライの剣を使って世界を救う。世界中の記憶に残る。あたしはそれを、黙って見届けなければならない。同じ父を持つ仲間たちを、見殺しにしなければならない。そうすれば、あたしは死なずに済むらしい。ルークがその話をしたとき、ついに彼の頭もおかしくなってしまったのかと本気で疑った。ルークの碧の瞳は真っ直ぐだった、そう、嘘ではなかったのだ。

「俺はレムの塔へ行くけど、お前はちゃんと家に帰って普通の生活をおくって、俺の分まで楽しんでおいてくれ、俺が帰ってくるまで」

ルークもあたしも、草原に寝転んだまま空の一点を見続けていた。あたしは半ば睨み付けるかのように光りすぎている星を見た、そうすると怯えたようにそれが点滅した。息を吐き出して柔らかく笑んだルークが、あたしの手を握った。暖かくて、恐ろしかった。

俺が帰ってくるまで、このひとはなんて無茶を言うのだろうか。お前はもう、帰ってこないのだろう、ルーク。あたしをこの世界に残して、ひとりで行ってしまうのだろう。本音しかぶつけてこなかった、本当のことしかぶつけてこなかったルークが、初めて嘘をつきました。あの時否定したけど、本当は俺がプリン食ったんだ、そういう嘘だったらよかったのに。どうして、よりによって初めての嘘が、絶対的に死ぬのに『死なない』なのだろう。

「……帰ってくるときは、バルフォア博士も連れてきてね」

彼が死ぬのは解っている。それでもあたしはそれを止める権利が無い。止めることは、許されないのだ。世界が救われる、彼と一万の命で。それ以上の民が無意味に消えるのより、当然レプリカの彼らを犠牲にしたほうが安い。世界と彼らを秤にかけたとき、世界の方にそれは傾くのだ。そしてその選択は、ルーク自身のものなのだ。

ルークはうん、と頷くと、目を閉じて大きく息を吸った。繋いだ手に力を込めた。ルークが呼吸をするたび、手を握るたび、彼はあたしから遠退いていく。少しずつ、ローレライの方へと、近づいていく。

「死んだら、許さないから」

「お前が言うと本当に呪われそうだな」

「五月蝿い！……待ってるから、絶対、」

帰ってきてよ。無理なことは知っているけれど、知っている、けれど。簡単に諦めきれるほどルークの存在は薄くて小さいものではなかった。あたしの世界の、半分は彼だった。もう半分は、バルフォア博士。この２つで構築されている脆い作り物のあたしは、世界の半分を、全ての人の世界のために投げ出さなくてはならない。それが怖くてたまらない、いっそあたしも一万の命のひとつになって死んでしまおうか。そうしたら怖くない、ルークも一緒に世界の一部となる。

「……ねえ、あたしも連れてって」

「待ってるんじゃなかったのか？連れてはいけないよ。危険だって説明しただろ？」

「死んでも良い」

「……、」

死んだって良い。どうせ世界の半分がそぎ落とされたら、体の半分が無くなったのと同じだから。彼の隣という足場を失ったら、あたしは一体何処へ行けばいいというのだろう。もともとなかったはずの居場所を与えられてしまったから、失うのがどうしようもなく怖かった。こうなるのだったら、始めから地面など要らなかった。足場が崩れ去るときの気持ちは、ルークにも解るはずだった。アクゼリュスの、ときのように。

駄目だ、ルークはそういって半身を起こすとあたしの額にキスを落とした。これももうすぐなくなる、彼自身がこの世界からいなくなる。ルークは繋いでいた手を組み替えて、今度は唇にキスを落とす。乾いたそれは、微かに震えていた。ルークだって、怖かったのだ。きっと死ぬのが怖かった。あたしだけじゃ、ないはずなんだ。

ルークはもう一度、深く口付けを落としてから、再び寝転んだ。一度空を見つめてから、目を閉じた。あたしも習って目を閉じてみたけれど、落ち着かなくて結局空から目を逸らすことが出来なかった。一秒、一分、一時間。そうして時はめまぐるしく流れていく。そうしてルークはあたしから離れていく。

「……死にたく、ないんだ、……」

黒く染まった空に散りばめられた点が、鈍い光を放って、ひとつ、鋭く光る点が流れ落ちた。震えた声が耳から全身へと伝わって、涙が溢れてきたのでルークの手を強く握った。もしも願いを叶えてくれるのなら、あたしは永遠にこの時が続くようにと祈るだろう、目を瞑れば、暖かい光だけだけれど、それでも。それでも今この手にある温度は、二度と帰ってこないのだ。

だから僕らは互いの手を鎖で繋ぐ。

心の中で、花束と、感謝と悲しみと謝罪と苦しみと、愛を捧ぐ。
―――数時間後には、あたしを置いていってしまう、ルークへ。