或 る 日
晴天の下で何をすべきかって、そりゃ勿論剣の稽古だ。俺はなんの気なしに、ただ腕を上げようと中庭へ木刀を持って出た。雲ひとつないだけあって、日差しが眩しく暑い。その上無風と来たもんだから、何もしなくても汗が滲む。
中庭まで出てきたは良いものの、今日はヴァン師匠が来る日ではないから相手が居ない。何もしないで戻るのも何だかすっきりしないから、とりあえず素振りを始める。一回、二回、三回と、何となく振ってみるとかなり味気なかった。
「なーにやってるの」
背後から声が飛んできたが、それはそれなりに距離のある位置からだったからさほど驚かなかった。聞き覚えがありすぎて聞き間違いなど有り得ないくらい聞きなれたやる気なさげな声の方向へと振り返ると、案の定そこにはが居た。女の癖に身だしなみにも気を使わず、昼間だというのに今起きましたという顔をしてTシャツを短パンを身に着けていた。
「見りゃわかんだろ、稽古だ稽古」
「どこをどう見てもね。ね、あたしも混ぜて。どうせ暇でしょ?」
「はあ?」
若干寝癖のついているは、少しは格好に気をつけろよと言いたくなるほど女としてあれだったが、俺はとりあえず突っ込まないでおいて、の問いに答えると、は訳の解らない注文を叩き付けた。思わず嫌そうに問い返すとは相変わらずの様子で、良いじゃん良いじゃんじゃああたし木刀ないしこれで良いや、と独りでに喋り始めてペールが使って置きっ放しになっていたデッキブラシを手に取った。それでやるつもりかお前。
「じゃああたしやり方よく解んないし、どちらかが力尽きるか降参したら終了ってことで」
「なんだそれ、すげー適当だなおい。……まあいいや。はじめっぞ」
互いに武器となる木刀とデッキブラシを構え、正面に立ちあう。3、がカウントし出す。空が青い。2。それにしても暑い。木刀が汗で滑りそうだ。1。ああ、そろそろ始まる。
スタート!と高らかに声を上げたは、それと同時に俺に殴りかかった。
「あーもー降参降参、疲れただるいお腹空いた」
先に折れたのはだった。俺が木刀を振り上げた瞬間にデッキブラシを放り投げて両手を挙げ、そのままどっかり腰を下ろしてしまった。
なんだそのやる気のない折れ方と色気のない台詞は。俺は呆れて溜息をつき、じわりと滲んだ汗を拭った。乱れた呼吸を一定になるようにと落ち着ける。終わりが途轍もなく呆気なかったが、それなりに運動できたしまあ文句はない。
は熱を持った地面にばたっと倒れこみ、大の字に手足を投げ出す。ああ、なんでこんなに恥じらいもなくぶっ倒れられるんだろうか。
「少しは女らしくしろっての、ったく……」
溜息混じりに自分も地面に寝転がって、同様大の字になる。青すぎる空が視界に広がり、眩しすぎる太陽にはもう慣れた。
「何か駄目なの、これじゃ?」
「駄目、ってわけじゃないけどさ、普通の女は大の字にはならないよな」
「良いでしょ別に。大体さ、女らしくしたらさあ、……うん」
「女らしくしたら?」
俺は一度途切れた言葉の続きを促す。女らしくしたらなんなんだ。良いじゃないかそうすれば。元は良いんだから。ガイもって良いよな、って言ってたから多分、女らしくしたらモテるんじゃないか。俺としてはモテない方が良いけど。
「ルーク、あたしと話せなくなるでしょ」
恥ずかしがって。
そう言ったは、からかい半分でにやにやと笑いながら言っているんじゃないかと思って、俺はをがばっと起き上がって見たが、予想は外れて、さも当たり前のような顔をしていた。なんだがとんでもないことをは言っているんじゃないかと俺は一瞬混乱した。でも確かに的は獲ていたから何も言い返せなかった。
「自然体が一番良いと思うんだけどなあ。あたしも楽だし、ルークも変な気を使わなくて済むし、楽しいし」
あたしが間違ってんのかな、と何の表情も浮かべずに言うは、大方間違ってなんかいなくて、それが最良の方法だと俺も考える。自分の魅力を殺してこんなことを考えているのは愚かなのか、と問われれば、確かにそれは勿体無いが愚かではない、と俺は思う。それはが考えてくれている俺の立場だからこそ言えることなのであって、第三者から見れば愚かしいことでしかない、かもしれない。
「やっぱ、このままが良いな。……うん。だから、その、変わんなよ、」
今のままが俺たちにとって一番いい状態で、変えがたい現実で、かといって距離が遠くなっているわけでもなくて。近くに居過ぎて自分の感情を曝け出すのはなんとなくちょっと面映くて言いづらかったけれど、多分言わなかったら。
「うん」
のこの最上級の笑顔は見られなかっただろう。
20070731