女が剣を握ってはならないという決まりは、誰が決めたのだろうか。
 「おっと、自棄になっちゃいけねえや。女は縁側で茶でも出してりゃいいのさ」
 素振り中にそう声を掛けてきたのは、一番隊隊長の沖田総悟であった。
 突然の桂出現によって立て込んだ仕事を一通り終えてから、どうにか空いた時間で庭に出てきたは、理不尽に物凄く強く背中を叩かれたこと、馬鹿騒ぎをやってきた隊士の怪我の応急処置と隊服の洗濯であちらこちらへ遣わされたこと、他にも諸々気に入らなかったことを考えながら、一太刀一太刀にさながら邪気を込めるように木刀を振っていた。
 「自棄になんかなっていません」
 「相変わらず短気だなあ、は」
 沖田にちらりと一瞥をくれたきり、真っ直ぐ前を見て素振りを続けるは、短気と言われてあからさまにかちんと来たが、言い返すのはどう考えても得策じゃないので無言を通した。沖田はやれやれと笑う。
 「ま、今日はさんざ働かされたんだ、稽古ぐらい付き合ってやらないこともねーですぜ」
 沖田がそう言うと、一度もそちらを向かなかったの顔がぱっと輝いて沖田を見る。沖田は内心でせせら笑った。こう言えばがそうなると沖田は知っていたのだ。それでも沖田は、がこうして期待の眼差しを自分に向けることに、笑顔を見せることに、満足していた。もしかしたら、嬉しかったかもしれない。
 「どうしやす」
 思わず顔の筋肉が緩くなるのを沖田は堪えつつ、にやりとしてに問い掛けた。問わなくとも答えは解りきっているにも係わらず、である。
 「お願いします」
 花のかんばせが嬉しげに綻ぶ。沖田はすうっと目を細めてそれを見ていた。さっきまで乱暴に木刀を振り回していた少女とは似ても似つかないが、紛れもなく同一人物なのである。
 沖田が解りきった答えを態々求めたのは、このためであった。この時ばかりは、気の強い目の前の少女が自分の前で素直に頷くのであるから。これにもまた沖田は、満足していた。
 「指導料、高いですぜ」
 沖田がからかい混じりにそう言うと、ははっとして顎に手を当ててなにやら悶々と考え始める。大方手持ちの金を計算しているのだろうと易々見当をつけた沖田は、再び内心で笑った。こいつはばかだ、と思いもしていた。しかしながらそれは、暖かい気持ちも伴っていた。
 「……勘弁してくださいよ」
 計算を終えて急に気の弱くなった彼女を見て、沖田は素直にかわいいと思った。けれどもそんなことは、誰にも言えやしなかった。
 沖田は頭の隅のほうで、薄々、恋をしているのかもしれないと知っていた。
 それが確信に変わるのに、そう時間はかからなかった。



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白いハンカチ2
2008/8/17